解任
フランク・ランパードが先ほどチェルシーでの監督の任を解かれた。
ここ最近リーグ戦では苦戦が続いていたが、先日のFA杯では4回戦を勝利で飾った。
また新布陣の4-4-2を試すなど意欲的な采配を見せていた直後の解任劇だった。
一報が入ってからの動きは早く、既にクラブは解任の公式発表を終え、後任には昨季PSGをCL決勝に導いたトーマス・トゥヘルが有力視されている。
長期政権とは程遠いクラブであるが、ここまで初報から決定まで早かったのは異例の事態ではないだろうか。
現役時代にはCLをはじめ、多くのタイトルに貢献したランパード。
レジェンドは志半ばでその役目を終えることとなった。
火中の栗
ランパードが監督に就任した時、誰もが苦戦を予想した。
補強禁止やエースの放出など、上から順番に無理難題が降りかかってきた。
これまでもチェルシーには多くの監督がやってきたが、その中でも間違いなく最も難しい条件での就任だった。
新シーズンへの期待が持てないサポーターの、ガス抜きとして連れてこられた面は否定できない。
それでもランパードは結果を残した。
ユース出身の若手を次々と起用し、アグレッシブなサッカーを展開。
浮き沈みの激しいシーズンではあったが、わずか2年目の青年監督は、トップチーム初挑戦の若手と共にCL権を掴んだ。
コロナ禍というあまりにもアンタッチャブルな出来事も、見事な操舵で乗り越えた。
決して戦術的に卓越していた、あるいは相手の虚を突く奇抜な策略をぶつけたかと言われるとそうではない。
しかし他クラブに比べれば小粒な現有戦力をまとめあげ、育て上げ、そして戦った。
「ペップ・グアルディオラやユルゲン・クロップでもできなかったであろう快挙」という感想は今でも変わらない。
新シーズン
迎えた新シーズンも、決して悪くはなかった。
前年の鬱憤を晴らすかのように新戦力を大量に獲得。
最終的には新GKエドゥアール・メンディを迎え、一線級の選手を各ポジションに補強。
課題だった守備が整いだすと、チームの順位も上がっていった。
CLで早々に1位通過を決めた頃にはケガで戦列を離れていたハキム・ツィエクも復帰。
いよいよフルスカッドで、上位追撃の狼煙を上げようかというところだった。
暗転は第12節から。エバートン相手に敗れると、続くウルブズにショッキングな逆転負け。
その2戦も苦しかったが、最も大きかったのはビッグロンドンダービーだろう。
そこまで全く調子の上がらなかったアーセナルに3失点の敗戦。
その後もコロナでメンバーを欠くマンチェスターシティ相手に完敗。
トップ4を争う目下のライバルであるレスターにも完封負けを喫した時、フロントは決断したのだろう。
ランパードが残したもの
結局1年半という短い期間でランパードはクラブを去ることになった。
それでも補強禁止の中で、CL権以上のものを彼は残した。
これまで育成年代では最強と言われながら、誰も定着できなかったユースとレンタルシステム出身の若手を初めて軸に据えることに成功した。
現在プレミア屈指のMFに成長したメイソン・マウントを筆頭に、多くの若手がランパードのもとデビューし、その評価を高めていった。
決して全員が順風満帆に育ったわけではない。
むしろ誰もがスランプに入り、気鋭の若手から一人の選手として、長所と短所が明確に評価されるようになった。
時には厳しい言葉も飛んだ。
それでも彼らはそれぞれの形で一皮も二皮も向けた。
「消える」と言われたマウントは今や90分通して最も安定したプレーヤーになった。
ポジショニングに難のあったタミー・エイブラハムの今季の得点はほとんどがワンタッチでのゴールだ。
守備と運動量でも偉大なる主将を凌駕し始めたのはリース・ジェームズ。
足元での仕掛けに偏っていたカラム・ハドソン・オドイは今や万能WGだ。
新米指揮官の元、多くの若手が主力になった。
大型補強で出番を失うどころか、引けを取らない輝きを見せられるほどにまで成長した。
これまでチェルシーは監督交代の度に一から作り直すことで、勝利とタイトルを掴んできた。
アントニオ・コンテが得意とした3バックも、マウリシオ・サッリが植え付けたサッリ・ボールもその例に漏れない。
もちろんランパードのこの1年半も同じだろう。
しかし選手の成長はなかったことにはならない。
ランパードが残した一番大きなものは土台だ。
これまで若手不毛の地であったチームを、「ヤングチェルシー」と呼ばれるまでに育て上げた。
この土台まで均してしまうのか、それともその上に積み上げ、さらに高みを目指すのか。
フロントとまだ見ぬ新監督には忘れないでいてもらいたい。
チェルシーが得たもの
今年も例によって解任劇だ。
クラブのレジェンドであることを考えると、もう少し我慢するかと思ったが、相も変わらずのフロントであった。
正直今更である。
監督の解任など見飽きているし、そうやってタイトルと勝利を勝ち得てきたのだ。
だからこそ、この決断は理解している。
そしてランパードに監督として不備がなかったかというと、そういうわけでもないだろう。
戦術や修正力が疑問視されることは少なくなかったし、ましてや今季は数百億の大補強を敢行した。
結果がついてこない、そして内容もついてこない試合が続いていたのだから、残念ながら不可解な解任ではない。
マネージャー(マネージメント)だけで、ましてやフィットしていない選手を抱えたまま勝てるほど、もうこのリーグはぬるくない。
と、フロントの判断を理解したうえで、それでも続投させるべきだったと唱え続けたい。
エモーショナルな話になるし、恐らく深夜に苦しいゲームを見てきた他のチェルシーサポーターからの異論は多いだろう。
ただそれでも、これだけは伝えたい。
今季だけはランパードに任せてほしかった、と。
チェルシーはビッククラブだ。
勝利とタイトルが常に求められる。
だが今のままでは、これより先に行けないのではないかという疑問がどうしても浮かんでいる。
この解任で、チェルシーは少なからず復調するだろう。
4位に入れるかもしれない。
しかし今のまま上手くいかなければクビを切り、また一から作り直す。
そして躓けば別の監督がやってくる。本当にそれでよいのか。
確かにロマン・アブラモビッチオーナー就任当初の、強豪としての足場を固める時期なら短期的な結果の積み重ねは必要だったはずだろう。
だが既にその段階は超えたと感じている。
イングランドでも、そして欧州でも指折りのチームになった。
ここからもう一段チェルシーがクラブとしての地位を高めるには、本当に強いチームになるには、今までと同じで良いのか。
強豪から優勝候補になるには、賽の河原のような積み木では限界があるのではないか。
プレミアの盟主となったリバプールとマンチェスターシティはどのような道のりを歩んできた?
今やチェルシーの上に立とうとさえするのラルフ・ハーゼンヒュットルが魅せているのは0-9の上に積み上げたものではないのか?
別にランパードだから、レジェンドだからではない。
モウリーニョでもコンテでもいい、誰でもいいとさえ思う。
チェルシーがより強くなるために、この決断はとても残念に感じた。
最終戦
フランク・ランパードのチェルシーでの監督生活は幕を閉じた。
もちろん再登板も多いクラブであり、まだ本人も若い。
経験を積んで帰ってくることも考えられるが、当分先だろう。
期せずしてFA杯ルートン・タウン戦は最終戦となってしまった。
下部相手に決して大満足ではなかったが、それでもユース組を筆頭に希望の見える試合だった。
タミーが3タッチで3ゴール。
攻守に走ったジェームズと、見事なパス&ゴーを見せたオドイがアシストに名を連ねた。
そしてそんなチームの先頭を歩いたのは、初めての腕章を巻いたメイソン・マウントだった。
中盤から攻撃を組み立て、時にはエリア内に侵入し、時にはエリア外から果敢に得点を狙う姿は、チェルシーの最多得点記録保持者を彷彿とさせた。
躍動した、ランパードが育てた若手たち。
不可解なタイミングでの解任、その唯一の救いはランパードが紡いだ1年半が表れた試合の指揮をとれて終わったことだろうか。
自慢の息子たちが独り立ちするのを見送るかのように、フランク・ランパードの監督としての日々は終わったのだった。
最後に
さて、突然の解任にはなったが、試合は待ってはくれない。
早くも今週の木曜には前回チェルシーを下したウルブズと相まみえる。
再開するCLでは絶好調のアトレティコ・マドリードが待ち受ける。
さらにはトッテナムやマンチェスターユナイテッド戦も控えている。
最有力のトゥヘルには気の毒な話であるが、合流してこの相手というのはかなり厳しいと言わざるを得ない。
全くもって次の監督は災難である。
ただし、残念なことに、どれだけ難題でも史上最悪などとは言えなくなってしまった。
次の監督に求められるのはまず勇気だろう。
1年半前、名乗りを上げたレジェンドに、そしてこれからも、チェルシーの誇りであり続ける男に比肩するほどの。
~おしまい~
コメント
泣きそうになりました。
すべて同意です。