こんにちは。のほほんと過ごしていた平日の夜に衝撃的な一報が入ってきましたね。
元チェルシー、現アーセナルのGKペトル・チェフが今季限りでの引退を発表。プロキャリアも20年となり、節目としてちょうどよい、と述べられています。
本日のブログはそのチェフについて、一サポからの餞です。
ペトル・チェフ―ヘッドギアの守護神
2m近い長身、超人的な反射神経、チームを救う土壇場でのセーブ、左足でのロングキック、寡黙な人間性、プロ級の腕前のドラム、6か国語を操る知能。何もかもがチェフを象徴するが、やはりなんといっても黒いヘッドギアこそ彼を一目で見分ける特徴だろう。
2006年10月14日の第8節レディング戦、ボールにアタックしてきたハントの膝が頭部に直撃。頭蓋骨陥没の重傷。生死の境をさまよった。最早サッカーどころではない。回復後には記憶も飛んでいた。
だがチェフは驚異的なスピードでピッチに帰ってきた。後に自身の象徴となる、味方の心の支えとなる、相手の脅威となる、黒いヘッドギアをつけて。耳の聞こえが悪くなるから、決して好んではいないそうだが。
2004年のチェルシー加入以降、名手クディチーニとのポジション争いを制し、最後の砦として多くの試合に出場。クリーンシートを、勝利を、そしてタイトルを積み重ねてきた。移籍1年目にはモウリーニョのもとジョン・テリーらと堅守を披露。チームに半世紀ぶりのリーグタイトルをもたらした。喫した失点はわずかに15。この記録は未だに破られていない。
05-06シーズンにはリーグ連覇、翌シーズンはFA杯も制覇。08-09、09-10シーズンも同タイトルを勝ち取り、通算で5回同カップを掲げている。
悲願のCLには何度も迫りながらはじき返された。07-08シーズン決勝でのマンチェスターユナイテッド戦、08-09シーズン準決勝でのバルセロナ戦。あと一歩のところで沈んだ。
11-12シーズン、不振のチームは監督交代から流れに乗る。リーグは6位に終わったもののCLではナポリを逆転で下すなど快進撃を見せた。
準決勝、相手は因縁のバルセロナ。戦力的には圧倒的に上回る相手に猛攻を受ける。既に峠を越えた選手ばかりと言われたチェルシー。バルセロナにはワールドクラスは数知れず、チェルシーは唯一チェフだけだと試合前には囁かれた。
だがそれは半分しか正解ではなかった。驚異的な反射神経で得点を許さない姿は、バルセロナのどの選手をも超えていたのだから。直近の対戦でチェルシーを蹂躙したメッシは「チェルシー相手に決められない」のではなかった。チェフ相手に決められなかっただけなのだ。
迎えた決勝、バイエルン戦もシュートの嵐にさらされる。最大の見せ場は延長戦。ここまでチームを救ってきたエース、ディディエ・ドログバのファールでPKが与えられる。キッカーは名手ロッベン。
緊張か、重圧か。振りぬいた左足。やや甘くなったコース。 完全に読み切ったチェフは、向かってくるロッベンに恐れることなく、こぼれ球をがっちりと抱え込んだ。
そこからのPK戦でもチェルシーは追いつめられる。しかし先行された中でも落ち着いていた。4人目のイビツァ・オリッチ、5人目のバスティアン・シュバインシュタイガーのPKを立て続けに防ぎ前に出たチェルシー。
上体を揺らす独特のルーティン。準決勝でメッシが枠に当てたものも含めると計7本のPKをチェフは浴びている。3本は決められたが7本全てのコースを完璧に読んでいる。その後チェフが7年もの間PKストップに縁がなかったことを考えると、彼が未来の運をも引き寄せていたのかもしれない。
チェルシーは5本目をドログバが沈め、クラブの歴史に、初のCLというタイトルが加わった。
それは5月19日。チェフの30回目の誕生日の一日前だった。
2ndGKとして
翌シーズンにEL制覇を果たした後、転機が訪れる。アトレティコ・マドリードにレンタルされていたティボー・クルトワの復帰だ。まだ技術はプレミアトップクラスでありながら、13-14シーズンはベンチに座ることを余儀なくされた。
並の選手なら腐るかもしれないが、シーズン終了後にジョゼ・モウリーニョとチェルシーがライバル、しかも宿敵のアーセナルに「ベンチに座っているべきでない」と放出したことが示すように、若手の模範としてプレーした。
彼にとっては難しいシーズンだったが、サポーターにとっては誰よりも心強い2ndGKだった。
ビッグロンドンダービーでクルトワが相手との衝突でプレー続行不可能になった際、ベンチから出てくるチェフの姿は何よりも心強くサポの目には移った。その状況と心境はもしかすると、大怪我をしたチェフの代わりに、出場したクディチーニと似ていたかもしれない。
アーセナル移籍
アーセナルに移籍後は正守護神として活躍、リーグ戦での戦績は振るわなかったもののFA杯を制すると、プレミア史上初となる200回目のクリーンシートを達成。自身も久しぶりのPKストップで花を添えた。
18-19シーズンは負傷もあり、シーズン中盤を前にベルント・レノに正守護神の座を譲った。足元の技術が求められる現代サッカーに適応しきれたとは言い難いが、それでもセービングは未だ一線級。チームを変えれば引く手あまただっただろうが、ビッグクラブで身を引くことを選んだ。
4度のプレミアリーグ、5度のFA杯、3度のリーグ杯。そしてCL、ELが1度ずつ。さらに202回のクリーンシートは当然プレミアリーグ最多。実力だけでなくどのクラブからも愛される人間性。宿敵であるロンドンの青と赤でさえ、口をそろえるだろう。「彼はレジェンドだ」と。
あと4か月
今季から苦戦しているリーグでの活躍こそレノに譲っているが、FA杯、ELともにアーセナルは勝ち進んでいる。チェフのラストシーズンにあらたなタイトルが加わる可能性は低くない。4位争いで手一杯と思われるチーム状況ゆえ、控えながらその役割は決して小さくない。あと4か月、チェフのセービングを見られる最後の期間だ。
さて次節はビッグロンドンダービー。CL権争いの直接対決にして、さらにお互いの思いが絡み合う試合になった。
控えかもしれないが、ピッチには姿を見せるだろう。
それならば、きっとサポーターは彼に届ける。彼が操る言葉よりも多くの国から、 彼が得意なドラムのような、 そしてどれだけ分厚いヘッドギアでもその耳に届くような、ちょっと早いけれど心からの労いを込めた、万雷の拍手を。
~おしまい~
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