トゥヘルは7試合。トッド・ボーリーはアブラモビッチ以上の強権オーナーなのか

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トーマス・トゥヘルがチェルシーの監督を解任された。

暫定監督ながらチームをCL優勝に導き、翌年にはクラブ初となるCWCのタイトルも獲得。

惜しくも戴冠は逃したが、国内カップ戦でも決勝に進出し、リーグ戦でも(上位2つとは大きな差があったとは言え)安定的な成績を残していた。

間違いなくチェルシーの歴史の一部となった名将は、クロアチアの決して大きいとはいえないクラブ相手の敗戦でその役を終えた。

即決した後任人事

ザグレブ戦での敗戦。

そこからの動きは早かった。

数時間後にトゥヘルの椅子はなくなり、翌日には同じリーグの監督が引き抜かれた。

トゥヘル解任からグレアム・ポッター就任までわずか1日。

サッカー界で有名な「48時間」が出てくる隙さえなかった。

監督解任はプレミアリーグのみならずサッカー界にとって、そしてチェルシーというクラブにとっては特に珍しい事態ではない。

しかしそれでも、この後任人事については異常な速さと言っていい。

当時フリーだったトゥヘルでさえ、暫定監督からのスタートだった。

ボーリーはアブラモビッチか

チェルシーは監督解任が多いクラブである。

ロマン・アブラモビッチ前オーナーは2003年から約18年にわたってオーナーを務めた。

その間にクビにした監督は14名。

1年もてば上出来、というのは割と真実である。

しかしボーリー新体制でのトゥヘルは、半年にも満たなかった。

前オーナーは強権だのワンマンだの言われていたが、数字だけ見ればボーリーのほうが恐ろしい。

再びこの手のオーナーを引いたのか、という感想を抱いた人も多いだろう。

前オーナーの解任理由

前オーナー、アブラモビッチ氏が多くの監督を解任してきたのは事実だ。

理由は明確で「勝利」と「タイトル」。

特に顕著と言われるのが2位に入ったアンチェロッティ政権の解任劇。

有り余るタイトルへの執念、厳しく言えばなさすぎる堪え性は常々指摘されれきた。

晩年はやや大人しくなったのか、多少は長い目で見る傾向にあったとも言われる。

とはいえ勝利にこだわったオーナーであることに間違いはないだろう。

短期的な勝利の追求、というと響きは良くないが、それで結果を出しているのだから文句は言えない。

買収後に幾度もリーグタイトルを手にし、クラブ史上初のCLも獲得。

その間、長期政権の引き継ぎに失敗し、名門と呼ばれるチームが没落していった。

一方でチェルシーは、長期政権という言葉からは程遠いものの、複数年タイトルから見放されるということはほとんどないチームとなった。

短期的な成果をツギハギすることで長期的な成果を手にするという、飛び石のようなスタイルでヨーロッパ全体でも確固たる地位を築いた。

余談ではあるが、このやり方については間違っていなかったと感じる。

ヨーロッパで成果を出し、クラブとしての地位を確立するには目先の勝利が最も重要視される。

アブラモビッチ政権で、チェルシーは欧州強豪の立ち位置を確かに手に入れた。

強豪を目指すフェーズのチームとしては、必要な道だったと感じている。

ボーリーの考え

強豪としての地位を確立し、チームは安定した状態に入ることが望まれる。

そこで今回の解任劇だ。

順位こそ開幕直後で悲観するほどのものではなかったが、内容は悪かった。

そしてとどめを刺すような格下相手への敗戦。

サッカーの世界で番狂わせは付きものだが、見どころに乏しい試合に終止した。

タイトルへの危機感が生んだ解任とも捉えられる。

しかし実際にはピッチ外の要因が大きかったのではないかと推察されている。

SDの不在

兎にも角にも痛かったのが、SD(スポーツディレクター)の不在だ。

これまでチェルシーにはマリナ・グラノフスカイアという移籍の番人がいた。

決して成功移籍ばかりではなかったが、特に売却オペレーションをはじめとした手腕は高く評価されていた。

また内外を知るペトル・チェフ氏とのコンビはスタジアムでもしばしば見られ、安定した選手供給を支えていた。

しかしアブラモビッチ退任の流れで二人も退陣。

SD不在で迎えた新シーズン。

退団選手の穴埋めは間にあったが、後手に回る移籍が目についた。

リュディガー、クリステンセンの退団は既定事項だったが、2人目の穴埋めであるフォファナは開幕後まで待たなければならなかった。

不良債権と化したロメル・ルカクの後始末にも時間がかかり、ピエール・エメリク・オーバメヤンはわずか60分でトゥヘルとの共闘を終えた。

サッカー界初挑戦となるオーナーとしてはかなりの奮闘ぶりだったが、専任SDがいればもう少し早くまとまっていたと感じる人も少なくないだろう。

トゥヘルに協力を要請していた?

多くのメディアで報じられているのが、移籍関連でトゥヘルにも意見を求めていたというものだ。

フットボールへの知見が少ないと思われるオーナーとしては、現場からの吸い上げを求めたのだろう。

ある意味、強権とは程遠い。

一方で現場に集中したいトゥヘルから見ると、この要請が邪魔だったようだ。

この意思疎通のズレが、双方への不満を生んだ大きな要因だったとされる。

前述のCBとCFの難航もこの不和が一因だったと言われている。

オーナーサイドはジュール・クンデとクリスティアーノ・ロナウドを有力候補としていたが、トゥヘルがこれを拒否したとされている。

本当かどうかはさておき、クンデの件では「チェルシーが直前で翻意した」という報道が見られたのも事実である。

私たちはチェルシー、選手と合意に至った。が、最後の最後でチェルシーに迷いが生じ、週末にはすべてがストップしてしまった。

セビージャSD「先週までチェルシー&クンデ本人と移籍で合意していたがチェルシーに迷い生じた。そこでバルセロナから初めて連絡きた」 | ラ・リーガ

ボーリーが超豪腕のオーナーであれば起きなかったかもしれない、今回の解任劇はそんな皮肉な背景を想像させる。

早すぎる招聘

今回の解任が成績によるものだけではないと察する理由として、後任人事の速さもあげたい。

シーズン中の解任は後任監督を探すのが難しい。

普通はクラブOBなどから暫定監督を選出し、空いている監督を探すのが基本だ。

ましてトゥヘルは連敗を重ねていたわけではないし、いくら内容が悪いとは言え、今回のCLでの敗戦は予想外だったはずだ。

次のビッグマッチで負ければいよいよ、なんて報道は聞くが、今回はそうした「成績面でのカウントダウン」は一切なかった。

それでもあっさりと解任され、後任監督は同じリーグからたった1日で連れてきた。

バイアウト条項があったのは事実だが、それでも早すぎはしないか。

ある程度前の段階から、後任候補や他監督の情報をリストアップしていたことは想像に難くない。

成績面以外で問題があったという指摘が有力視される理由の一つと考えられる。

ポッター政権はいつまで続くか

新監督のグレアム・ポッターは、5年という長期契約をチェルシーと結んだ。

わずか7試合でCL優勝監督を切り捨てたオーナーとは思えない。

今夏でも複数年契約での獲得や、若手との長期契約更新が目立った。

まだサッカービジネスに不得手な部分はあるかも知れないが、それでも長期的視点に立とうとするオーナーなのは事実であろう。

問題はこれまで短期成果にこだわってきたオーナーに慣れたサポーターがどこまで耐えられるかどうかでもある。

トゥヘル解任は、現場とフロントの距離を縮めようとした行為が裏目に出たことが原因と言われる。

完全な上下関係ではない組み方をボーリーが望んでいる以上、成績面での性急な解任は考えづらい。

一方でクラブと監督の間に入る人物が必要なこともまた確かで、SDやアドバイザリーの獲得はやはり急務であろう。

終わりに

アブラモビッチ体制では、オーナーの一声で監督が次々とクビになるクラブとして見られていた。

そして今回の解任も、事実だけ見ればその時代と変わらないのかもしれない。

しかしその経緯は大きく異なるように報道されている。

いまプレミアリーグで最も存在感を放つマンチェスターシティとリバプールは数年間、一人の監督の元、一貫した戦い方を見せている。

チェルシーも一度の対戦であれば彼らを凌駕することはあっても、リーグ戦では水を大きく開けられている。

チームが、クラブが一丸とならなければ、覇権を握るこの2チームとの差は埋まらないだろう。

ポッター監督、ボーリー政権が時間をかけてガッチリとハマったときにこそ、2強への挑戦権が得られる時になるのではないか。

サポーターも含め、第2フェーズに入るべき時が来ているのだと理解すべきなのではないか。

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